ポール・マーティン (日本刀研究家)の経歴は?日本での仕事は?【マツコのしらない世界】

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こんにちは。
管理人のピリカです。
世界が熱狂している日本に1000年続く技術の日本刀に魅せられた外国人、日本刀研究家のポール・マーティンさんについて調べてみました。


出典:https://www.arabnews.jp/article/arts-culture/article_55310/

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ポール・マーティンさんの経歴は?

ポール・マーティンさん
1965年生まれ
イギリスで生まれイーストロンドンで育ったそうです。
父親は空手家です。イギリスの空手の父と呼ばれるバーノン・ベルに師事したそうです。
ポール・マーティンさんは、父親に7歳から空手を習ったそうです。
そのため、『武士道』や『サムライ・スピリット』という言葉を聞いて育ったそうです。また、黒澤明監督の『七人の侍』などの映画を見て育ったと言っています。
20代後半の時にナショナルチームのメンバーに選出されたそうです。
他にも合気道や剣道もたしなむそうです。

2009年にカリフォルニア大学バークレー校の留学生向けプログラムに修士課程に入学して修士を修了しているそうです。

1993年、大英国博物館で学芸員として勤務。
日本のギャラリーを案内されたとき、そこで初めて日本刀をみたそうです。
この部門の責任者が日本刀の専門家であることを知り、自分も日本刀の専門家になろうと思ったそうです。(この時は警備員ですが)

大英博物館警備員だったポール・マーティンさんは、学芸員へ異動を希望するが、前例がなかったが、日本語を熱心に勉強するなどのポールの熱意が認められて、日本部門の欠員が出たことをきっかけに人事部長により規則が変更され、大英博物館では初となる警備員から学芸員への転向に成功しました。

5年後、大英博物館は不況のために日本部門を縮小することを決定したことと、日本部門での昇進の見込みがなかったので、ポール・マーティンさんは、大英博物館を退職し、フリーランスになります。

パサデナにあるパシフィック・アジア美術館で刀剣展を開催するための提案をしました。その提案は受け入れられ、2005年、「日本刀:吉原の伝統」と題した展覧会を開催したそうです。
その前年の2004年に日本に移り住みます。それは、「刀の専門家になるためには、日本人と同じように勉強しなければならないと考えたからだ」とポール・マーティンさんは言っています。

ポール・マーティンさんの日本での仕事は?

2006年には、外国人として初めて、刀剣博物館主催の日本刀査定コンテストで入賞。2018年にも同コンテストで2回目の入賞を果たしています。

専門分野は、日本刀の歴史と文化、侍の歴史と文化、 日本の神話, 日本の皇室の象徴, 古代の日本の鉄と鋼鉄製造(たたら法)、日本刀の武道、神道、秘伝的な仏教、一般的な日本文化だそうです。

世界の多くのドキュメンタリーに出演たり、主要な日本刀についての書籍を翻訳をしています。
公益財団法人 日本刀文化振興協会の理事を務めています。
京都本願寺の文化団体「ジャポニスム振興会」の文化マイスターに認定されているほか、国土交通省認定の専門家として、外国人観光客に刀剣や日本の歴史・文化をアピールする方法を各都道府県に助言しています。

備前長船刀剣博物館は「外国人の一流日本刀専門家の1人」と述べている。

ポール・マーティンさんが語る日本刀の魅力は?

ポール・マーティンさんが初めてみた大英博物館の日本刀の展示には、日本文化における日本刀の重要性に関する素晴らしい解説がありました。日本刀は単なる武器ではなく、宗教的、文化的な意味を持つ崇高な芸術品であるとあったそうです。

ポール・マーティンさんは、日本刀を他の種類の刀剣と区別するためには、「日本刀は単なる武器とは考えられていない」ことを理解する必要があるといっています。「鋼材や焼き入れされた刃の模様には、精緻な研磨によって引き出された自然現象のような美しさがあり、日本人の自然観にも通じるものがあるのです」とも。

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まとめ

アニメで日本刀が取り上げられて日本でも日本刀のブームがありましたが、ポール・マーティンさんは日本刀に魅せられてフリーランスの日本刀の専門家になったそうです。

ちなみに、日本刀の職人は、江戸時代になって、日本刀の技術を生かして刃物の職人として包丁をつくる人もでてきたそうです。なので、日本の包丁は、世界に誇れるのでしょうね。

 

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